子供の頃、誰でも両親から色々なイベントの度にプレゼントを貰った記憶があるのではないでしょうか。
私も、大したものではありませんでしたが、誕生日やクリスマス等、プレゼントを親から貰うことが多かったです。
でも、あの年、6年生の時授業中…突然担任の先生に教室の前に呼ばれて、こう告げられたのです。
「お父さんが倒れられたそうだ…」
先生の目は真っ赤に血走っていました。今でも忘れません。
その時は何も詳しいことが分からなかったのですが、父が職場で突然脳出血の発作をおこし、倒れて緊急入院したのでした。
母と小さな暗い病院に駆けつけました。
意識はもうありませんでした…。担当医からは、命の保証は無いと言われたように記憶します。
どこをどうやってこの病院に行ったのか、名前は覚えているのですが場所がどのあたりなのかすら覚えてないんです。
その年ももうじきクリスマスがやって来る季節になりました。
母と、当時住んでいた東京の郊外の駅のそばの行きつけのショッピングデパートへ行きました。
いつものように買い物をした帰りの事「今年はプレゼントこれで我慢してね」と、母が店の出口付近の見切り品らしいワゴンの中のミトンを差出しました。
綺麗な明るいピンク色の手袋でした。
私は「全然良いよ」と、努めて明るく答えました。
でも、スキーに行くわけでも、遊びに行くこともありませんでした。
それが、小学校時代最後のクリスマスプレゼントとなりました。
それまでのプレゼントはほとんど覚えていないのに不思議と今も印象に残っています。
その後、ミトンは大事にしまって使用することもあまりなかったのですが、何十年もたってから小さくなったので捨てました。
父は、その後奇跡的に命は助かりましたが、お医者さんに次に発作が起きたらだめだろうと言われて、十年位でまた脳出血の可能性
あるかもと宣告されました。
正しく亡父が倒れたのは、私のちょうど二十歳の誕生日のその日でした。
今度は意識も戻ることもなく、血管に点滴を入れることも困難となり、脚の血管に入れたりしてもだめでした。
何も栄養が入れられないので、一種の餓死のようになってそのまま55歳の人生を閉じました。

